2025年までに資産1億円未満なら死にます(ガチ)

期限のない目標を達成することはできない。

 

本文

 

こんにちはハラカズです。

現在千葉駅のスターバックスコーヒーでアマガミSS1話を視聴しながらカフェアメリカーノを飲んでいます。

この上ない喜び、感動です。

 

そんなことはさておき、初めまして初めまして、ハラカズと申します。

 

現在、私はITエンジニアという職業をしながらYouTubeに動画を投稿したり、Webサービスを作ったり、このようにブログを書いたりしています。

本日はそんな私の宣告なるものを書いておきます。

 

まあまあ面白い話だと思いますので、ぜひ最後まで読んでいってください。

 

 

 

宣告

 

 

私は、2025年3月31日までに資産を1億円以上持っていなかったら、スイスで安楽死する。

2021年2月19日 19時28分

 

 

 

上記の文章の通り、私は2025年までに「資産を1億円以上」にならなかったら死にます。

なんかふざけて書いていると思われれるかもしれませんが、本当に本当です。

 

私は2025年3月末までに資産が1億円なかったら死にます。

 

 

経緯

 

まあ、そんなことを急に書いても「だからどうした?」「なぜそうなった?」となるでしょうから、その決断に至るまでの経緯を紹介しようと思います。

 

私は人の128倍ぐらい金に対する執着があります。

詳しい内容は今後、当ブログで話していきますが、とにかく私は金に対する執着が人の128倍ぐらいあります。

 

 

なので、資産を1億円にしなくてはならないのです。

 

重要そうな細かい理由を下の項目に書いていきます。

 

 

期限が無いとやる気が出ない

 

私は期限がない目標に対して何もやる気が出ません。

「いつか資産1億円にする!」と意気込んでも、その「いつか」は私の場合一生来ないと思っています。

 

でも、期限のある夏休みの宿題とかだったら皆さんもせっせとやりませんでしたか?

 

 

そのため、「お前、2025年3月までに1億儲けられなかったら死ねよ!」という自分で自分に対して提出期限を設けて、夏休みの宿題的なことをしているのです。

 

あと、純粋に「今から4年後に富裕になって無かったら死ぬのか!ヤバいヤバいヤバいヤバい!!」と言っている自分の姿が面白そうですよね。

そういうのも見てみたい。

 

 

嫌なことは死ぬことぐらいしかない

 

それで、期限があれば私はやる気になるということは分かったのですが、その期限以内に達成できなかったら自分に与える罰がどうしても思いつきませんでした。

 

私は私自身しか大切なものがありませんし、金と自身の命ぐらいしか興味がありません。

 

このように、よく考えてみると私には「自分の命」以上に大切なものがないから他のものを罰にしてもやる気が出ないのでしょう。

 

私はこのように「達成できなかったら死ぬ」という記事を書くような人間ですが、別に死ぬことは望んでいません。

なので、自殺する人は馬鹿だと思うし、難病になりたいとも思わない。

 

普通に生きる方が楽しいと思うし、恐らく死後の世界はWi-Fiが繋がらないでしょうから常識的に考えてこちらの世界の方が楽しいでしょう。

 

だからこそ、私はWi-Fiの繋がるこちらの世界で生きていきたいし、毎日dアニメを見たい。

そのために金儲けをします。

 

この目標を掲げて、「死なない」と「貧乏人にならない」の2つが達成できるなら、とってもお得です。

 

 

 

2025年以降の自分を想像できない

 

私は素晴らしい人間なので、人の129倍ほど想像力に長けています。

なので、須く2024年ぐらいの私がどのようになっているか、私の知人の10年後など容易に想像できます。

 

ですが、そんな素晴らしい想像力を持っている私の力を持ってしても、私自身の2025年以降の姿を想像できないのです。

 

私は自身のコントロールが利かないものには興味がない。

絶対に自身の望んだ結果を自身の望んだ期間で導き出したいのです。

 

その反論に「人生は予測できないから楽しいジャないか!」という人もいるでしょうが、私にはその意味が理解できません。

確かに「今日1日の朝ごはんを食べ始める時間とか、昼ごはんを食べ始める時間とか、美少女に青海駅で話しかけられるタイミングとか、自分が自慰行為を始める時間が明確に導き出せない」とかなら分かりますが、「1年後の自分がこれは絶対に達成していたい」ということが達成できていないのは「人生が予測のできない想定外の出来事だらけだから」という訳ではないでしょう。

 

それは完全に「自分自身の想像力の欠如」と「想像した未来に対する正当な努力が出来ていない努力不足」が生み出した結果です。

 

だからこそ、私は私の高い想像力を持ってしても導き出せない2025年以降のことを何も考えずに生きていきたい。

よって、私は残り4年のことだけを考えて生きていきます。

 

それ以降は、現在の目標が達成できてから考えれば良いです。

そうすれば私の脳みそも疲れなくて済みます。

 

 

 

「若いうちはなんでも経験だ」というのが好きではない

 

私は「若いうちはなんでも経験だ」という言葉が好きではありません。

 

誰がどんな意図でこの言葉を作ったのでしょうか?

意味がわからない、意味不明、不明、不明です。ポケットモンスターダイヤモンドパールの「なぞのばしょ」でしょうか?意味が分かりません。

 

これが「若いうちだから何事も結果が出ないのが普通」という意味ならば、私は尚更この言葉が好きではありません。

 

それでは、多くの人はなぜ若いうちに結果が出せないのでしょうか?

それは「若いうちに1億円規模の金儲けをする」ということを対して重要だと思っていない & その目標に適した正当な努力を必要な時間していないからでしょう。

 

だからこそ、私はこの目標を執拗に追い、その正当な努力を行い、結果を出します。

 

それが「一般的ではない」とか「普通はできない」と思っている人がいるのであれば、それは怠慢です。

私が高慢なのではない、「若いうちだから何事も結果が出ないのが普通」と思っている人の怠慢なのです。

 

 

終着点が近いと思うとやるべきことが明確化されて最高

 

そして、何よりも「あと4年で人生が終わるかもしれない」という危機感こそが、この目標と期限を決める最大のメリットでしょう。

 

「いつかやる」というタイミングは一生来ません。

冒頭でも書きましたが、人間は期限のない目標を達成することはできません。

 

なので、私は物理的に「死ぬ気でやる」をします。

 

まあ、そうは言ってもこの文章に感化されて「僕も〜年までに目標達成できなかったら死にます!」という人がいたら、私は「何言ってるんだ君は?wwwww 頭おかし杉ワロタ」と軽蔑しますがね。

 

 

 

今後の活動

 

事業を作る

 

事業を作ります。

というか、もう作ってますが、それを拡大させます。

 

「金儲け」と言っても、私は一攫千金を狙うつもりはありません。

というか、そんなことをしなくても、私が事業を作れば余裕でいけます。

 

それに、一攫千金は「能力が乏しい絶対に勝てない人間」がやる行為。

なので、私はもちろん事業を作って金を儲けます。

 

 

死ぬかもしれないので準備はできる限りやる

 

そうは言っても、もしかしたら死ぬことになるかもしれないので、なるべく早く死ねるように準備もして参ります。

 

https://president.jp/articles/-/24274?page=2

 

上記のサイトによると、

 

・150~200万円

・英語かドイツ語での会話能力

 

この2つがないと安楽死はできないようなので、こちらも頃合いをみて準備していきます。

 

 

死ぬかもしれないのでやりたいことはできる限りやる

 

一応死ぬかもしれないので、「これだけはやっておくべきだ」というものは年表にまとめておいたので、それこそ死ぬ気で取り組みます。

 

 

残り人生の年表

2021年

自分の事業が中心の働き方に切り替える

2022年

株式会社Milkywayを設立する

2023年

「7’s」を完成させる

2024年

「7’s」のアニメーションを公開する

2025年

資産1億円 or 人生終了

(失敗パターン)

~2025年4月1日

今までの出来事を振り返る

~2025年8月31日

手続きを済ませる

~2025年9月30日

挨拶回り

2025年10月22日

スイスで安楽死

 

 

 

最後に

 

人生は自分のために生きるべきです。

 

(終わり)